『暮らしとZENを結ぶお手伝いさん』

こんな方におすすめ
  • 家の散らかりが気になる方
  • 家にいるとなんとなく疲れる方
  • 片づけても長続きしない方
  • 自分や家族、暮らしそのものを大切にしたい方

この記事では、自分の家の中や働く場所を美しく整えて気持ち良い時間を過ごしたい人が、「なかなか自分ひとりでは解決できない」とお悩みの方へ、『暮らしとZENを結ぶお手伝いさん』のご紹介と体験モニター募集についてお知らせをさせていただきます。

『暮らしとZENを結ぶお手伝いさん』とは?

従来の家政婦的なお手伝いさんのイメージとは異なり、最終的にお客様がお一人で、または家族のみんなで美しく気持ち良い環境を作り、そして保てるようになるまでお手伝いをさせていただく自立支援プロジェクトであり、Spiritスピリット Danceダンス Worldワールド ならではのセルフケアと日本人的なウェルビーイングの観点から行うサービスです。あくまでも主体はご本人様であり、私たちは暮らしとZENを結ぶプロとしてお客様へのご指導と実際のお手伝いをご提供させていただきます。

この場で使うZENとは

今の時代、多くの人がぜん・・という音を聞くと自然に静けさを思い浮かべるように、穏やかで心が整った状態をZENと表現しています。修行や悟りを連想させる宗教的な禅とは違い、誰でも気軽に、そして日常的に心や身の周りが整った状態を『暮らしとZENを結ぶ』と表しています。

4つの観点を統合したサービスの提供

外見のみに限らず、生活の流れや考え方、そして内面の部分もケアをする総合サポートです。

整理整頓のお手伝い
  • キッチン、クローゼット、洗面台、各部屋など、暮らしのあらゆるスペースを対象に、使いやすく整った状態へ導く整理整頓を行います。
動線づくりのサポート
  • ご本人やご家族の好み・日常の動作・生活リズムを踏まえ、無理なく動ける動線設計をお手伝いします。暮らしの流れが自然に整う配置を一緒に作ります。
暮らしのシステム導入
  • 最小限の努力で好循環を維持できるよう、続けやすい仕組みづくりをサポートします。片付けが「戻すだけ」で完結する、負担の少ない暮らしを目指します。
内面的なサポート
  • 主体性と調和を育むための心の整え方や、前向きに暮らしを続けるための内面的サポートも行い、暮らしと心が同じ方向を向く状態を育てます。

目指す状態

  • 環境と日々の暮らしの最適化
  • ストレスに負けない元気な心と身体からだ

『暮らしとZENを結ぶお手伝いさん』では、整理整頓や大掃除などを終えたあとの状態を、ストレスなく保つための物の考え方や暮らしに対する姿勢などの内面的な部分にも関わらせていただきます。

最終ゴール

『暮らしとZENを結ぶお手伝いさん』の最終的なゴールは、お客様にとって一生もの・・・・のライフスキルとなるように、表面と内面の調和を長期的に確立すると共に、暮らしの土台である衣食住をしっかり整え、その上で可能なお客様自身の社会生活での躍進やくしんや、経済的&精神的な自立をしていただくことを目標にしております。家庭の基礎にあたる暮らしの土台を整えるお手伝いさんとして、満を持してその価値をしっかりお届けできるサービスの取り組みを進めています。

体験モニター募集

2027年の本格的なサービス開始に向け、さらなるサービス向上を図るために、試験的な使用期間を設けました。期間中は、お客様の率直なご意見やご感想をお聞かせいただけますと幸いです。

第一弾として、キッチンの整理整頓を検討されている方を募集いたします。ご興味のある方は下記のボタンより体験モニター募集記事をご確認の上ご応募くださいますようお願いいたします。

お手伝いさんについて

ここでは、『暮らしとZENを結ぶお手伝いさん』である私が、どのようにして“自分の得意”と“人のお役に立てるフィールド”が重なっていったのか、その背景をお伝えします。
お客様にとっては、どんな人を家に招き入れるのかを判断する大切な材料になると思いますので、少し長い文章ではありますが、ゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。
そしてもし、「この人に頼んでみたい」と感じていただけたなら、それほど光栄なことはありません。

幼少期

私は、父と母、そして2歳上の姉との4人家族の次女として育ちました。
四国の田舎で、父方の親族に囲まれながら暮らす我が家は、父を立てつつも、九州生まれ・育ちの母が上手に家庭を切り盛りしている、あたたかい家庭でした。
父も母も大家族の末っ子同士だったこともあり、姉と私はのびのびと自由な環境で育ててもらいました。そのおかげで私は、創造力や行動力、そして豊かな感受性を育み、自分の人生を切り開くための大きな力を授かったように思います。

小学生の低学年の頃、姉と私は、母から毎日のお手伝いを任されていました。
母が作ってくれた夜食の後片付けで、一人は洗い物と食器を拭いて棚に戻す係、もう一人はテーブル拭きと床の掃き掃除の係。
この2つの役割を、姉と私は1日おきに交代しながら続けていました。

ある日、母が私を呼んで、こう言ってくれました。

「あなたが担当したところは、隅々まで綺麗になるね。」
「お片付け上手だね。」

その言葉は、幼い私の胸にあたたかく残り、今でも大切な原点になっています。

母に褒められるまで、私は姉が片付けた時との違いに気づいていませんでした。
けれどその日を境に、姉の片付けた場所の“ちょっとした不完全さ”が、やけに目につくようになったのを覚えています(笑)。
同時に、「私は片付けが上手なんだ」と嬉しくなり、自信のようなものが芽生えました。

それからも私は、片付けに限らず、自分の部屋の模様替えや家の中全体を“自分にとっての良し!”というラインに達するまで試行錯誤するのが当たり前でした。
食器の裏側まで丁寧に洗う、ハンカチやタオルの角をきちんと揃えて畳む——そんなことは日常で、家族みんなが使うタオルの向きを揃える、玄関を掃き掃除する、黒くなったお鍋の底を磨くなど、整理整頓以外のことも自発的に手伝う子どもでした。

そして私は、子どもの頃からずっと、母が台所に立って料理をしている姿を見るのが大好きでした。母の手際の良さや、楽しそうに家事をこなす姿はとても心地よく、いつも美味しい家庭料理を食べていたこともあって、私自身も自然と料理が好きになりました。
(※下のイラストは男の子ですが、まさにこんな雰囲気の私でした)

だからなのでしょうか。
小学校の卒業文集に書いた将来の夢は「お手伝いさん」でした。
当時の私が思い描いていた“お手伝いさん”は、片付けや整理整頓だけではなく、困っている人の力になりたいという気持ちそのものだったように思います。

のちに私は介護の道へ進みましたが、それもまた、私にとっては“お手伝いさん”の延長線上にありました。誰かの暮らしに寄り添い、必要なところにそっと手を添える——そんな役割に自然と惹かれていったのだと思います。

そして、私の名前は美しさを保つ子と書いて『美保子』。母方の祖父がつけてくれたと聞いています。大人になってからですが、自分に授けられた名前の意味と私自身の素質が合致していたことに気がつき、祖父の恐るべき洞察力にびっくりしています!

思春期~青年期

前述のように、安全であたたかい環境の中で順調に育ってきた私でしたが、中学生の頃は、思春期の影響もあって悩みが増え、少しずつ感情や生活のバランスが乱れていきました。
(その頃の悩みについては、別ページにまとめています。)

ちょうど同じ時期、父と母は、将来の私たち姉妹のためにと仕事を掛け持ちし、朝から晩まで働くようになりました。高校生になった姉は友達と過ごす時間が増え、家の中の雰囲気にも少しずつ変化があったのを覚えています。

働き者の母は、忙しい合間を縫って器用に家事をこなしていましたが、片付けや掃除に十分な時間を取れなかったのか、あるいはもともと得意ではなかったのか、夜になって突然思い立ったように笑いながら大掃除を始めることがありました。
布団に入ると1秒で眠ってしまう父を横目に、そんな母に気づいた姉と私は、「今から始めたら何時に終わるかな〜」なんて言いながら、片付けをする母のそばに座り、3人でまったりと話をすることもありました。

成人期~成熟期(中年期)

20代後半でオーストラリア生活を始めた私は、久しぶりに家族の住む実家へ帰ったとき、どこか“氣の巡り”が滞っているように感じました。
当時は、姉夫婦と3人の小さな子どもたちが父と母と同居しており、私が暮らしていた頃とはまったく違う、賑やかで物があふれた空間になっていました。

数年後、再び実家に戻ったときには、母の病気もあり、家族に了承を得て、光や風の通り道を塞いでいる家具を動かしたり、台所に溜まっていた不用品を整理したりしました。
その頃には、軽トラックで数回運ぶほどの不用品が溜まっていて、私は“外から来た人”という立場だったからこそ、家族がその状況に気づけていなかったことを初めて理解しました。

大掃除が終わった後、実家を訪れた親戚や友人から
「美保ちゃん、うちにも来て片づけて」
とお願いされることが何度かありました。
もしかすると、日本では「もったいない」という文化とともに、こうした状況の家庭は少なくないのかもしれません。

一昨年には、今では一人暮らしになった70代の父から、実家の整理を頼まれました。
父の生活や体調に合わせて話し合いながら片付けを進め、父自身も私がいる間、拭き掃除を始めたり、不用品を捨てに行ったりと積極的に動いてくれました。
丸2週間ほどかかりましたが、
「使いやすくなった!」
「綺麗になった!」
ととても喜んでくれました。

私も、父の役に立てたことが本当に嬉しかったですし、何より家族のおかげで“自分の得意”を見つけ、その力を磨かせてもらえたのだと深く感じています。

和の心との出会い

整理整頓や片付けは得意で、掃除も好きな私ですが、ひとつだけ不得意なことがありました。
それは、“常に掃除の行き届いた綺麗な家を保つこと”です。
ある時期までは、実際にそれを実現している人や家を見たことがなく、「そんなことは無理だ」と思い込んでいました。

そんなある日、「いつも綺麗を保つ」ことを実践している人に初めて出会いました。
どうすればそれができるのかという興味と、その人の考え方や向き合い方への憧れが芽生えました。しかも偶然にも、私の前に一度に二人のお手本が現れたのです。
どちらもオーストラリア人の年配の主婦の方でしたが、当時の私は、彼女たちが家事に注ぐ時間や姿勢を真似するにはまだ遠く、相変わらず自分なりの試行錯誤を続けていました。

それからしばらくして、私は“昔ながらの日本人が大切にしてきた心”——いわゆる『和の心』に触れる機会を得ました。
それは、職人さんが道具を丁寧に手入れする姿勢や、家庭のお母さん・おばあちゃんが物を大切に扱う暮らしそのもの。
物の価値は値段ではなく、それを作った人の手間や愛情、そしてそこに宿る魂にある——そんな心です。

その考え方は、私の中に勢いよく入ってきました。
『和の心』を授かった私は、”掃除はルーティン”ではなく、家や物に宿る魂に“愛情を注ぐ行為”なのだと、全身で理解していきました。

もちろん、その心を知ったからといって、すぐに何もかも上手くできるようになったわけではありません。毎日少しずつ、日本のおばあちゃんが見せてくれるような優しい所作を見習い、生活に取り入れていきました。

そして、『綺麗を保つ』という表面的なことではなく、そのものが持つ内側の魅力を引き出すような『美しさを保つ』という姿勢へと意識を切り替えたことで、物への向き合い方や自分の動作そのものが、まるで優しいおばあちゃんの所作のように自然と美しく整っていきました。
さらに、自分のライフスタイルに合わせて微調整を続けた結果、数か月後には無理なく美しさを保てるようになっていました。

私にとって、”すべてのものには魂が宿る”、”職人の心で向き合う”という考え方は、驚くほどしっくりと馴染みました。
その視点から暮らしを見つめ直したとき、私はより一層“暮らし”と“心”のつながりを大切にしたいと思うようになりました。

そしてこれが、『暮らしとZENを結ぶお手伝いさん』へと発展していった原点です。
『ZEN=穏やかで整った心』と捉え、暮らしとその心を結ぶことで、一人ひとりの“暮らしの土台”という生きる基盤が安定するようにお手伝いすること——
それが、私にできる社会貢献のひとつだと感じています。

私の家族のように、暮らしを整えることが得意ではない方に向けて、いつかの私と母のように、まったりお話ししながら整理整頓や片付けを進め、暮らしの課題を一つずつ一緒に解決していけると信じています。衣食住という暮らしの土台は、生きる場所や時代が変わっても、安定しているに越したことはありません。

『暮らしとZENを結ぶお手伝いさん』として、あなたの暮らしにそっと寄り添える日を心から楽しみにしています。

サービスプランについて

お客様の暮らしのリズムに合わせて、心と空間を整える時間を丁寧に進められるよう、現在サービスプランを作成中です。しばらくお待ちください。

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